言熟文源録【ことば紀行】

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【文学という犯罪】安部公房『壁』(新潮文庫) #26

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どーも、ふぎとです。
今日は安部公房『壁』(新潮文庫)を紹介するよ。

 

壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)

 

 


作品紹介


 これはいったい何なのか。奪われた名前、闊歩する名
刺、胸に取り込んだ荒野、主客の転倒、バベルの塔。い
やいや、小説の紹介記事らしくまずはあらすじを話さね
ば。だがあらすじとは何ぞや。粗筋、荒らす字、あら数
字。筋が粗くて、字が荒くて、「あら、数字」なのだ。
 「ぼく」はある朝、起きて何か変な感じがした。胸が
からっぽな感じがする。パンを買いに出たとき、重大な
事態に気がついた。自分の名前が盗まれている。ぼくは
誰も名前を呼ぶことができない、空虚な存在になってい
たのだ。だれが盗んだのか。「ぼくの名刺」が盗んだの
だ。ぼくの名刺は、ぼくを装ってふつうに出勤し、タイ
ピストの同僚Y子の膝のあたりを撫ぜていた。


深く内攻していた羞恥がそれを見た瞬間表面に爆発して、
ぼくは眼までが真赤にうるんでくるのを感じました。


 とりあえず医者にいこう。「ぼく」はそう決めて病院
へ向かうのだが、待合室で読んだ雑誌に載っていた荒野
を空虚な胸のなかに取り込んでしまう。
 そこから話は「動物園でのラクダ取り込み」、「取り
込み犯の裁判」、「『世界の果』映写会」というふうに
連なっていくのだが、ぼく(ややこしいが、この記事を書
いているぼくだ)はここであらすじを追うことをやめた。
ミステリーを読むときのような「あらすじ読書」だと、
この本には歯がたたないと思ったのだ。部分部分を、そ
のときの気分に任せてつまむように読んだ。なにかいけ
ないことに荷担しているような気分になった。「文学の
共犯者」に仕立てあげられてしまったのだ。読み終えた
いま、この重大犯罪に誰も気がつかないことを願うばか
りだ。


著者紹介:安部公房


 小説家、劇作家。大正13年3月7日東京・滝野川に生
まれる。本名公房(きみふさ)。1948年(昭和23)東京
大学医学部卒業。幼少年期を満州(中国東北地方)の奉
天(瀋陽(しんよう/シェンヤン))で過ごし、そこで
敗戦を迎えた。そのときの混乱した異常体験は、『けも
のたちは故郷をめざす』(1957)に描かれている。戦後、
花田清輝(きよてる)らの「夜の会」に参加、『近代文
学』同人となり本格的な作家活動を始め、『終りし道の
標(しる)べに』(1948)によって実存主義的な作家と
してデビューする。やがて思想的にはコミュニズムに接
近、シュルレアリスムを取り入れたアバンギャルド芸術
を志向し、1951年『赤い繭(まゆ)』で戦後文学賞
『壁―S・カルマ氏の犯罪』で芥川(あくたがわ)賞を受
賞して、特異な才能をもつ戦後作家として文壇的地位を
確立する。その後、記録文学やSFへの関心が加わり、『闖
入者(ちんにゅうしゃ)』(1951)、『飢餓(きが)同
盟』(1954)、『第四間氷期』(1959)、戯曲『制服』
(1954)、『幽霊はここにいる』(1959)など反リアリ
ズム的な実験を試みるが、1962年『砂の女』で飛躍的な
作家的成長を遂げ、文壇内外の高い評価を受けた。1960
年代以降は、人間の自由をめぐる弁証法的な思考を軸に、
共同体への否定の論理をモチーフにした作風が濃厚となる。
『他人の顔』(1964)、『燃えつきた地図』(1967)、
箱男』(1973)、『密会』(1977)、戯曲『友達』
(1967)、『棒になった男』(1969)などは、都市を舞
台に風刺と幻想に満ちた手法で現代社会の病理を鋭くえぐ
っている。社会的に匿名存在であることの夢を描いた『箱
男』、巨大な病院を舞台に医学と性のグロテスクな光景が
繰り広げられる『密会』など、都市を舞台に意欲的に取り
組んだのち、1980年代に入ると現代文明に対する危機意識
をいっそう強め、『方舟(はこぶね)さくら丸』(1984
では、偶発核戦争の危機と生き残りをテーマに、核シェルタ
ーをつくりあげた人物の悲喜劇を描く。また『カンガルー・
ノート』(1991)は、奇病に取りつかれた主人公が生命維持
装置付きの浮遊するベッドとともに終末医療の地獄や死すら
産業化されている冥界(めいかい)を遍歴する。フロッピー
に残された遺作『飛ぶ男』(1994)に至るまで、国家の超越
や個の自由という課題を見据えつつ、都市という迷路のなか
で、「未知な他者というものへの通路を探る」というモチー
フがさまざまに変奏され、前衛作家として小説というジャン
ルの最先端を疾駆し続けた。1973年より演劇グループ「安部
公房スタジオ」を主宰。外国語訳された作品も多く、もっと
も国際的な作家の一人であった。平成5年1月22日、急性心
不全で死去。評論集に『砂漠の思想』(1965)、『内なる辺
境』(1971)、対話集に『都市への回路』(1980)などがあ
る。 (小学館日本大百科全書」より)


この本をオススメしたい人


・滑稽な作品が読みたい人
・戦後の古典的小説を探している人
・「いつもと違う本」が読みたい人

 

壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)

 


ではでは今日はこの辺で。ふぎとでした。