言熟文源録【ことば紀行】

ふっくら熟れたことばの実。そのタネをみつめる旅に、出かけましょう。

P-T境界とサピエンスの台頭【長い歴史の短い一端 #2】

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 さて、前回は「ルカ」と呼ばれる原始生命の誕生から、
カンブリア紀の生物多様化までざっと見てきた。今回は
その後、約6億年前から話を始めよう。
 この約6億年前というのは、生物にとって大きなター
ニングポイントの一つだ。光合成の作用によって大気中
の酸素濃度が20%前後に達してオゾン層ができはじめ、
紫外線が大幅にカットされるようになったことで陸上に
進出できるような環境になったのだ。ちなみにオゾンと
は酸素の同素体で、特有の匂いをもつことからギリシア
語のozein(匂う)にちなんで命名された。これは太陽光の
紫外線により酸素が光解離することから始まる一連の作
用によって作られ、上空15~25キロメートルに多く滞留
する。オゾンによって吸収された紫外線は、熱となって
成層圏の温度上昇に一役買っている。
 こうして細菌や植物を嚆矢として、生物は陸に上がっ
ていく。3.59億年前からはじまる石炭紀の出来事だった。
その後も生物は何度も絶滅の憂き目に遭ってきたのだが、
とくにペルム紀(Permian)と三畳紀(Triassic)の端境期で
古生物史上最大の絶滅が起こった。P-T境界絶滅という。
この大量絶滅の原因はいまだ論争が絶えないところだ。
主な説としては、ヘドロの堆積によって海洋が無酸素状
態になったという説や、大規模な火山活動が環境激変の
契機になったという説などがある。この大量絶滅を境に
して、古世代は中生代へと移る。生物はここで両生類か
ら爬虫類へと転換する。
 1.45億年前から6600万年前までの白亜紀は、恐竜たち
が陸上を闊歩した時代だ。この時代は地殻変動が比較的
激しく、とくに環太平洋地域では海底の沈み込みなどに
伴う火山活動が頻繁におこり、多くの金属鉱床をもたら
した。また、今日の大西洋はこのころから開口し、旧大
陸(=ヨーロッパなど)と新大陸(=アメリカなど)とが中
央海嶺から次第に乖離し始めたと考えられている。白亜
紀のころの化石でよく知られているのはアンモナイト
放散虫だろうか。部分的にはウニなども示準化石(それ
が産出された地層がいつのものか決めるのに用いられる
化石)として利用される。
 この白亜紀の最後にも大量絶滅が起こる。直径10キロ
メートルの隕石がユカタン半島に落下したことが原因だ
とされる。このときに爬虫類から哺乳類への転換が起こ
る。恐竜も、その一部は鳥類に姿を変えて今日まで脈々
と生き残っていくことになる。
 そして、約7000万年前にアフリカでヒトが登場する。
ヒトはホモ・エレクトゥスなど多様な種類がいたが(犬
にチワワやレトリーバーがいるように)、最終的には、
われわれ現生人類の祖先(ホモ・サピエンス)だけが生き
残った。なぜサピエンスが他の人類種を圧倒しえたのか
というあたりの事情は、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピ
エンス全史』(河出書房新社)が詳しい。

 


 サピエンスは約10万年前から6万年前にかけて、海路
アフリカを出発し、ユーラシア大陸を横断して南アメリ
カ南端にまで至ったと考えられている。地層を調べてみ
ると、大型の草食哺乳類メガファウナの骨が激減するの
と同じ時期にサピエンスの骨も出てくるので、サピエン
スがメガファウナを食べつくしたと見られている。世界
を股にかけた大移動も、このメガファウナをまさしく地
の果てまで追いかけていった結果であったろう。
 さて、この「グレート・ジャーニー」の途上、7万年
前頃にサピエンスは言語を操るようになったとされる。
その理由については色々考えられてきたようだが、今日
において有力な説としては、「脳が異常に発達したホモ・
サピエンスが、思考を整理するためのツールとして言語
を発明した」というものであるようだ。サピエンスは火
を使って肉を消化しやすくしたことで、脳にエネルギー
を回す余裕が生まれ、その結果として言語が生まれたと
いう順序を踏む。
 ご存知の通り、サピエンスは二足歩行をその生態とし
てもっている。そのため、骨盤の大きさにも厳しい制約
が課せられることになる。その制約のなかでは、大きな
脳をもった次世代のサピエンスをそのまま産み落とすこ
とはできなかった。要するに、サピエンスは動物界の標
準からみれば極めて早い段階での出産を余儀なくされた
のだ。出産後には、まず脳の成長のために多くのエネル
ギーが費やされる。体の成長は二の次だ。だからこそ人
間は、成人になるまで長い時間を必要とするのだ。
 こうした生態を宿命づけられたサピエンスは、自然と
社会性を高めていくことになる。乳児がある程度成長す
るまでは、その面倒を見る必要があるからだ。ここにお
いても言語を用いたコミュニケーションが生かされる。
しだいにこの「社会」は、道具や火の使用と相まって、
地域によってはより高度な「文明」へと昇華していく。
(つづく)