言熟文源録【ことば紀行】

ふっくら熟れたことばの実。そのタネをみつめる旅に、出かけましょう。

【創造性を鍛える】ジョン・J・レイティ『脳を鍛えるには運動しかない!』(NHK出版) #43

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この記事から学べること

  • 記憶力は鍛えられる
  • 運動が記憶の効率を高める
  • どんな運動をすれば良いか

「記憶」の仕組みを知りたい

阪急六甲駅から大学までの長い坂を20分以上かけて毎日登っていた頃、池谷裕二『記憶力を強くする』(講談社ブルーバックス)を読んだ。それからというもの、「ものごとが記憶される仕組み」に興味がわいて色々調べていた。そんな折、メンタリストDaiGoさんの動画で今回取り上げる『脳を鍛えるには運動しかない!』を知った。タイトルに惹かれ、さっそく取り寄せて読んでみた。どうも運動が記憶形成の助けになるらしい。本書では「うつ症状の緩和」や「賢く老いる」といった観点からも、運動の効用が紹介されている。だがこの記事では運動と記憶の関係にしぼって、少しまとめてみようと思う。

受付レディの増員

脳の中で、情報をあれこれ加工し「記憶するもの」「記憶しないもの」に分類している箇所がある。海馬(かいば)と呼ばれる。この海馬は、大きく歯状回(しじょうかい)とアンモン角とに分けられる。このうち、「より多くの情報を記憶する」という観点からみてみると、重要なのは「情報の入り口」となる歯状回のほうだ。いわば「海馬コーポレーションの受付レディ」だ。実は脳のニューロン(神経細胞)のなかで歯状回のものだけが、増殖することがわかっている。要するに、ぼくたちが記憶すればするほど、「受付レディの増員」が起こってより多くの情報を記憶できるようになる。科学的に見て、記憶力は鍛えられるのだ。

また、ぼくたちは感情がともなう情報ほどすんなりと覚えられるということがある。これは「情動」を司る扁桃体(へんとうたい)が、海馬におけるLTP(長期増強)を促進することによる。ざっくり言うと、「おもしろい」「楽しい」「こわい」といった感情が、脳の「記憶しやすい状態」をつくるということだ。つまり、刺激の多い環境に身を置くことでぼくたちは記憶する能力が高まり、「成長できる」ことになる。

2つで1つ?運動と学習

ニューロンは運動によって生まれ、環境から刺激を受けて生き残っていくのだ。

では、運動が脳に及ぼす影響についてみてみよう。と言っても、上に引用した一文で半分以上は説明されている。先ほど「海馬歯状回のニューロンは増殖する」ことを紹介したが、運動はこの「ニューロン新生」を大きく促すことがわかったのだ。今回取り上げる『脳を鍛えるには運動しかない!』には、フレッド・ゲージによるマウスを用いた実験が紹介されている。

「驚いたことに、回し車をひとつ置いただけで、生まれるニューロンの数に大きな変化が現れたのです。」

だがせっかく生まれたニューロンも、賦活されなければ(つまり、使われなければ)すぐにだめになってしまう。鮮度が命なのだ。とすると、「軽く運動をしたらすぐに勉強する」というのが、記憶の効率を高めるためには有効だと思われる。

また、運動の効用は「ニューロン新生」だけではない。本書によると、脳にとって「肥料」となる物質も、運動によって多く分泌されるという。BDNF(脳由来神経栄養因子)と呼ばれるその物質の正体は、活性化した(よく使われている)ニューロンの内部で作られるたんぱく質だ。運動中はこのBDNFが多く作られる。ざっくりまとめれば、運動によって「脳がものごとを記憶しやすい状態」をつくることができる。

では、なぜ運動によって学習能力は上がるのか。これは人類が誕生してからの「ライフスタイル」が大きく関係しているようだ。

つまりは成長するか衰退するか、活動するかしないか、ということだ。元来、わたしたちは体を動かすようにできていて、そうすることで脳も動かしている。学習と記憶の能力は、祖先たちが食料を見つけるときに頼った運動機能とともに進化したので、脳にしてみれば、体が動かないのであれば、学習する必要はまったくないのだ。

要するに、そもそも人間(というより、生物)にとっての記憶は「マンモスを狩るときにはこう動いて、ここを狙う」「東に10分程度あるけば食べられるキノコが生えている場所がある」というように、運動と不可分だったのだ。自転車の乗り方やブラインドタッチの方法など、「体にしみついた動き」を忘れることが少ないのもこのせいだろう。

どんな運動をしよう?

では、どんな運動をすれば良いのか。それは本書によると、ごく軽い運動で良さそうだ。

三〇分のジョギングを週にほんのニ、三回、それを一二週間つづけると、遂行機能が向上することが確認された。

つまり、大事なのは「1回1回の運動の強度」ではなく「小さく、長く続けること」なのだ。ちなみに「遂行機能(エグゼクティブ・ファンクション)」とは、《考えを臨機応変に変えたり、型にはまらない独創的な思考や解決策をつぎつぎに生み出》す能力をいう。つまり「別々に記憶されていたことをつなげる、新たなネットワークをつくる」力だ。

本書で運動の効用を知ってから、ぼくは朝すこし早く起きて自宅のまわりを歩くということをはじめた。半年ほど続いている。主観的な感想だが、確かに覚えていられる本の内容は多くなった気がする(このブログでアウトプットを続けているというのもあるが)。なにより体を動かすことが楽しくなってきたので、1カ月ほど前から高強度の筋トレも始めた。どれだけ続くかはわからないけれど、少なくとも今年いっぱいはやるつもりだ。