言熟文源録【ことば紀行】

ふっくら熟れたことばの実。そのタネをみつめる旅に、出かけましょう。

2021-01-01から1年間の記事一覧

マルティン・ハイデッガー『存在と時間』(ちくま学芸文庫) #57

難解な一篇だ。分け入っても分け入っても、奥があるように思われる。ただ今回、得心することもあったので、少し書き残しておきたい。 ◆ ハイデガーの師は、1916年にフライブルク大学で教鞭をとりはじめたフッサールだ。フッサールははじめ、『論理学研究』で…

カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』(NHK出版)#56

ジェームズ・フレイザー『金枝篇』で、フレイザーは中部イタリアのネミに伝わる物語に注目した。その伝承によれば、かつてネミの森には女神ディアーナに仕える祭司がいて、「森の王」の称号をもっていた。もし誰かがこの祭司に代わって新たな森の王になろう…

中村文則『去年の冬、きみと別れ』(幻冬舎文庫)#55

この一文を読んでほしい。中村文則『去年の冬、きみと別れ』の作中で示される、死刑囚の手紙の一文だ。 もうこんな自分なんて死んでしまえばいいって普段は思ってるのに、やっと死ねると思ってるのに、突然、こんな風に急に怖くなるんだ。僕は何もしてないの…

石飛道子『空の論理』(サンガ文庫)#54

「わたし」を空じて想像する 想像力と空の発見 SF作家のJ.G.バラードは、地球上に残された最後の資源は「想像力」だと言ったという。そのことが心に引っかかっているときに、長浜バイオ大学で数理物理学をやっている西郷甲矢人氏の『圏論の道案内』(技術評…

吉本ばなな『スウィート・ヒアアフター』(幻冬舎文庫)#53

ひそやかな鎮魂・ささやかなエール 同じように聞こえているけれど、子どもたちはきっと同じではない、卒業したり入学したりして、確実に入れ替わっているのだ。私の細胞もきっとあのときとは違ってほとんど入れ替わっている。だから今は今なんだ。そう思った…

多和田葉子『エクソフォニー』(岩波現代文庫)#52

副題「母語の外へ出る旅」 「エクソフォニー」ってなんだろう。ぼくがこの本を手に取ったときの最初の「?」はそこだった。 これまでも「移民文学」とか「クレオール文学」というような言葉はよく聞いたが、「エクソフォニー」はもっと広い意味で、母語の外…

松岡正剛『情報生命』(角川ソフィア文庫) #51

知のメディア「千夜千冊」 突然だが、この記事の読者は千夜千冊という Web サイトをご存じだろうか。すべてのものを情報としてとらえる「編集工学」の創始者、松岡正剛が運営する「知のメディア」だ。何を隠そう、ぼくはこの千夜千冊が大好きなのだ。このブ…

円城塔『Boy's Surface』(早川書房) #50

某人による超文脈的解説 ハーバート・クエインがロスコモンで死んだ。「タイムズ」誌の文芸付録はわずか半年の追悼記事をのせただけであり、そこには、副詞によって修正されていない(すなわち、厳しい説諭を受けていない)形容詞はひとつもないことを知っても…