言熟文源録【ことば紀行】

ふっくら熟れたことばの実。そのタネをみつめる旅に、出かけましょう。

読書

マルティン・ハイデッガー『存在と時間』(ちくま学芸文庫) #57

難解な一篇だ。分け入っても分け入っても、奥があるように思われる。ただ今回、得心することもあったので、少し書き残しておきたい。 ◆ ハイデガーの師は、1916年にフライブルク大学で教鞭をとりはじめたフッサールだ。フッサールははじめ、『論理学研究』で…

カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』(NHK出版)#56

ジェームズ・フレイザー『金枝篇』で、フレイザーは中部イタリアのネミに伝わる物語に注目した。その伝承によれば、かつてネミの森には女神ディアーナに仕える祭司がいて、「森の王」の称号をもっていた。もし誰かがこの祭司に代わって新たな森の王になろう…

中村文則『去年の冬、きみと別れ』(幻冬舎文庫)#55

この一文を読んでほしい。中村文則『去年の冬、きみと別れ』の作中で示される、死刑囚の手紙の一文だ。 もうこんな自分なんて死んでしまえばいいって普段は思ってるのに、やっと死ねると思ってるのに、突然、こんな風に急に怖くなるんだ。僕は何もしてないの…

石飛道子『空の論理』(サンガ文庫)#54

「わたし」を空じて想像する 想像力と空の発見 SF作家のJ.G.バラードは、地球上に残された最後の資源は「想像力」だと言ったという。そのことが心に引っかかっているときに、長浜バイオ大学で数理物理学をやっている西郷甲矢人氏の『圏論の道案内』(技術評…

吉本ばなな『スウィート・ヒアアフター』(幻冬舎文庫)#53

ひそやかな鎮魂・ささやかなエール 同じように聞こえているけれど、子どもたちはきっと同じではない、卒業したり入学したりして、確実に入れ替わっているのだ。私の細胞もきっとあのときとは違ってほとんど入れ替わっている。だから今は今なんだ。そう思った…

多和田葉子『エクソフォニー』(岩波現代文庫)#52

副題「母語の外へ出る旅」 「エクソフォニー」ってなんだろう。ぼくがこの本を手に取ったときの最初の「?」はそこだった。 これまでも「移民文学」とか「クレオール文学」というような言葉はよく聞いたが、「エクソフォニー」はもっと広い意味で、母語の外…

松岡正剛『情報生命』(角川ソフィア文庫) #51

知のメディア「千夜千冊」 突然だが、この記事の読者は千夜千冊という Web サイトをご存じだろうか。すべてのものを情報としてとらえる「編集工学」の創始者、松岡正剛が運営する「知のメディア」だ。何を隠そう、ぼくはこの千夜千冊が大好きなのだ。このブ…

円城塔『Boy's Surface』(早川書房) #50

某人による超文脈的解説 ハーバート・クエインがロスコモンで死んだ。「タイムズ」誌の文芸付録はわずか半年の追悼記事をのせただけであり、そこには、副詞によって修正されていない(すなわち、厳しい説諭を受けていない)形容詞はひとつもないことを知っても…

メアリアン・ウルフ『プルーストとイカ』(インターシフト) #49

この記事から学べる事 現代に通じるソクラテスの批判 『プルーストとイカ』の要旨 文字が読めることの「異常さ」 文字が読めるという神秘 初めて文字が読めることに気づいたのはいつだっただろうか。ぼくにはそのあたりの記憶があまりない。そもそも幼少期の…

【ピリ辛の沼】水野仁輔『スパイスカレー事典』(パイ インターナショナル) #48

料理が好きだ。平日の夜、仕事から疲れて帰ってきたときも一品はつくる。ぼくにとってはそれが気分転換のナイトルーティーンのようになっている。 こうまで料理に熱をあげることになったきっかけは、参加しているオンラインサロンの「ごはん部」に入ったこと…

『本―TAKEO PAPER SHOW 2011』(平凡社) #47

9月下旬の4連休、ぽつぽつと雨が降ってきそうな曇りの日に、JR八王子から京王八王子へと向かう道沿いのBOOKOFFで気になる本を見つけた。「本」の名を冠した本。その浩瀚さ、装丁の独特さに惹かれてふと手に取った。 表紙にはこうある。 紙に定着された「物体…

【肉はいらない?】クリストファー・E・フォース『肥満と脂肪の文化誌』(東京堂出版) #46

この記事から学べること 「脂肪・肥満に対する嫌悪感」のルーツ 近代科学が引き起こした問題 昨今注目される「オルトレキシア」とは これまでの麺カタコッテリの話をしよう 平成26年度厚生労働省調査によると 我が国の脂質異常症の総患者数 206万人 糖尿病 …

【現実 VS 幻想】フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 #45

この記事から学べること 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はどんな小説か 小説を通してディックが考えたかったことは何か ディックが晩年惹かれた「クムラン教団」とは 死の灰が降り注ぐ 第3次世界大戦後、地球。惑星全体が生命を遺伝子レベルで汚染…

【哲学のどんでん返し】ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(岩波文庫) #44

この記事から学べること ウィトゲンシュタインの思想 「言語論的転回」とは 「言語ゲーム」とは 自宅の「岩波空間」 いまの自宅には、高さ180cm、幅90cmの本棚が2架ある。その内の1つの最上段が「岩波空間」になっていて、学生のころ背伸びして買った『笑…

【創造性を鍛える】ジョン・J・レイティ『脳を鍛えるには運動しかない!』(NHK出版) #43

この記事から学べること 記憶力は鍛えられる 運動が記憶の効率を高める どんな運動をすれば良いか 「記憶」の仕組みを知りたい 阪急六甲駅から大学までの長い坂を20分以上かけて毎日登っていた頃、池谷裕二『記憶力を強くする』(講談社ブルーバックス)を読ん…

【行動経済学入門の入門】ダン・アリエリー『予想通りに不合理』(ハヤカワノンフィクション文庫) #42

「不合理な人間」を科学する行動経済学の取っ掛かりにふさわしい1冊を、行動経済学の歴史的な流れを添えて紹介。

【コロナと仏性】幸田露伴『風流仏』 #41

この記事から学べること 『風流仏』とはどんな物語か 露伴が表現したかった思想 幸田露伴の生い立ち はかない風流・永遠の仏性 明治文学の大家、幸田露伴の出世作だ。尾崎紅葉『二人比丘尼色懺悔』に続く形で「新著百種」第5号として発刊された。1889年のこ…

【母を恋うる】泉鏡花『高野聖』(角川文庫) #40

この記事から学べること 泉鏡花とはどんな人物か 尾崎紅葉との関係 『高野聖』が出版されたころの社会情勢 紅葉の愛弟子 先週は尾崎紅葉を紹介した。今回取り上げる泉鏡花は、その紅葉の愛弟子だ。小栗風葉、徳田秋声、柳川春葉とともに「紅葉の四天王」と称…

【26歳の代表作】尾崎紅葉『三人妻』(岩波文庫) #39

この記事から学べること 尾崎紅葉の生涯 『三人妻』はどんな作品か 作家としての紅葉の特性 最後の江戸人 日本が近代国家としてのスタートを切る直前の1867年、 江戸の芝中門前2丁目に生まれた男があった。名は徳太 郎。のちに文学結社「硯友社」を創立し、…

【「情報選別力」を鍛える】瀬木比呂志『リベラルアーツの学び方』(ディスカヴァー21) #38

この記事から学べること この本の著者、瀬木氏はどういう人物か リベラルアーツ(教養)を身につけるための考え方 リベラルアーツの由来 「構造的」に見る 刺さった。「リベラルアーツ」の重要性、そしてそれをどう学び、活かすかというところのエッセンスをこ…

【現代小説の起源】二葉亭四迷『浮雲』(岩波文庫) #37

この記事から学べる事 明治の文豪、二葉亭四迷の生い立ち 四迷が育ったころの社会情勢 四迷の「芸術観」 危険な読書 先日ちょっとした縁があり、昭和44年に集英社から刊行された『日本文学全集』を我が家に引き受けた。全巻88冊がずらっと居並ぶ姿が圧巻だ。…

P-T境界とサピエンスの台頭【長い歴史の短い一端 #2】

さて、前回は「ルカ」と呼ばれる原始生命の誕生から、カンブリア紀の生物多様化までざっと見てきた。今回はその後、約6億年前から話を始めよう。 この約6億年前というのは、生物にとって大きなターニングポイントの一つだ。光合成の作用によって大気中の酸…

ルカ・利己的遺伝子・カンブリア爆発【長い歴史の短い一端 #1】

ロングラン企画のスタートだ。題して「長い歴史の短い一端」。何を書くか、大まかな方針は決まっているけれど、どのくらいの「連載」になるかは書いている本人にもわからない。1記事ごとになるべく独立させて書く心算だから、気長に付き合ってもらえればと…

【心をタフにする読書法】佐藤優『功利主義者の読書術』(新潮文庫) #36

読書には、大きな罠がある。特に、読書家といわれる人がその罠に落ちやすい。読書はいわば「他人の頭で考えること」である。従って、たくさんの本を読むうちに、自分の頭で考えなくなってしまう危険性がある。 冒頭からのすっぱ抜きだ。本を無批判に読むのは…

【19世紀のクラブシーン】高野史緖『ムジカ・マキーナ』(ハヤカワ文庫) #35

ようこそ、ふぎと屋へ。今日は高野史緒『ムジカ・マキーナ』を紹介しよう。 ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA) 作者:史緒, 高野 発売日: 2002/05/10 メディア: 文庫 無冠のデビュー作 この作品でデビューしろと言われたところで、たかが一応募者に過ぎない…

選書ブロガーが選ぶ!2020年上半期ベスト3

どーも、「選書ブロガー」のふぎとです!普段の記事は常体(だ・である調)ですが、今回は敬体(です・ます調)で書きたいと思います。 さてさて、今年の初めから「選書ブロガー」として筆をとってきて、色んなジャンルの本を読んで、紹介してきたわけなのですが…

【ドライに紡ぐ物語】スタインベック『ハツカネズミと人間』(新潮文庫) #34

ようこそ、ふぎと屋へ。今日はスタインベック『ハツカネズミと人間』を仕入れたよ。ゆるりとくつろぎながら聞いていってくれ。 ハツカネズミと人間 (新潮文庫) 作者:ジョン スタインベック 発売日: 1994/08/10 メディア: 文庫 戦争と牧歌 手始めに、1937年に…

挑戦者の文学【アメリカ文学史4】

ようこそふぎと屋へ。今夜も来てくれてありがとう。きょうはアメリカ文学史の中でも、第2次大戦後の様相を語っていこうとおもう。お茶でも飲みながら、ゆっくり聞いていっておくれ。 若者とマイノリティの台頭 さて、世界を巻き込んだ2度目の大戦は1945年…

成長に抗議する文学【アメリカ文学篇3】

ようこそふぎと屋へ。今回もアメリカ文学の続きを紹介していこう。いよいよ20世紀に突入だ。 成長と反動 前回は、1890年代ころになって「自然主義」がアメリカ文学界でブームになったというような話をした。その自然主義文学の一翼を担う作家としてセオドア…

アメリカンルネサンスと南北戦争【アメリカ文学篇2】

やあ、ようこそふぎと屋へ。今回もアメリカ文学篇をやっていこう。今日は「アメリカン・ルネサンス」前夜 からだ。 「アメリカン・ルネサンス」の到来 さて、前回はアメリカ植民の草創期から独立宣言までをざっと眺めてきた。今回はしだいに社会が安定してき…