言熟文源録【ことば紀行】

ふっくら熟れたことばの実。そのタネをみつめる旅に、出かけましょう。

植民の父と独立宣言【アメリカ文学篇1】

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 やあ、ようこそ「ふぎと屋」へ。今回は今までとは少
し趣向を変えて、「アメリカ文学」を上から眺めてみる
ことにしよう。社会の動きとも絡めながらね。じゃあ、
さっそくいこう。まずは「アメリカ」の成り立ちからだ。


アメリカのなりたちとその「文学」


 そもそも、いまの「アメリカ」は近代に入ってから成
立した国だ。17世紀の初めからイギリスからの植民が始
まり、独立を宣言して「アメリカ諸邦連合」を称したの
は1776年7月のこと。この相対的な歴史の浅さが、その
文学に影響をおよぼしたんだな。小学館の『日本大百科
全書』では、「旧大陸の文学が過去と伝統に基づく文学
であるとするならば、アメリカ文学は未来と夢のうえに
成立する文学」と指摘されている。
 また、広大な「国土」に移住してきた、多様な人々か
らなる社会だというのも特徴だ。フランスの画家ポール・
ゴーギャンは『我々はどこから来たのか、我々は何者か、
我々はどこへ行くのか』と題される絵を描いたが、「ア
メリカ人」たちにも同じような疑問がわいたんだな。つ
まり、「移民してきたオレたちが、アメリカ人に『なる』
ってのはどういうことなんだ、どうしたらアメリカ人で
『ある』ことを示せるのか」なんて思いが、移住者たち
の胸に浮かんできたのさ。だからこの問いに答えるため、
アメリカの文学は「きわめて自己意識の強い文学となっ
た」。
 それじゃあそろそろ、アメリカの歴史によりそいなが
ら、その文学の動向を追っていくことにしよう。


独立以前


まずは「イギリスから移民してきて、独立を宣言するま
で」だ。アメリカ大陸に最初に植民地ができたのは1607
年。日本でいうと徳川家康江戸幕府を開いてすぐくら
いのことだ。この時は南部ヴァージニアのジェームズタ
ウンが開かれた。だが、この時代の文化の中心となった
のは、1620年に「ピルグリム・ファーザー」たちが植民
をはじめた北部のニューイングランドだった。この頃の
「文筆作品」としてのこっているのは、ほとんどが日記
や紀行文、キリスト教の教義に関する論争の記録だ。こ
れにはふたつ理由が指摘されている。ひとつは「単純な
環境の厳しさ」だ。まだ植民の初期、生の自然に立ち向
かって開拓に挑む人々には、高尚な文学を創作して愉し
む余裕がなかった、という訳だ。そしてもうひとつは、
「宗教的な純文学の敬遠」だ。これは彼らの信仰してい
キリスト教の一派「ピューリタニズム」が全体として
持っていた偏見だった。
 だがこうした中で、アメリカ文学の事実上のスタート
を飾った「作家」たちがいる。ウィリアム・ブラッドフ
ォードとジョン・ウィンスロップだ。初期植民地の指導
者であったふたりはそれぞれ、素朴な文体で植民地建設
の歴史を著したのさ。おそらく本土への報告も兼ねてい
たんだろう。
 これでアメリカ文学が躍如していく。アメリカ最初の
女性詩人と呼ばれるアンネ・ブラッドストリートが出て
くるのもこの頃だ。彼女の詩集『アメリカに最近現れた
十番目の詩神』は、1650年に宗主国ロンドンで出版され
た。ほかにも『審判の日』(1662)を書いたマイケル・
ウィグルズワースなんかは気に留めておく価値がある。


独立の機運


 さてさてこうしてはじまったアメリカ植民も、18世紀
の半ばを過ぎると独立の機運が高まってくる。そんなと
きに引っ張ってこられたのが、当時ヨーロッパを席巻し
ていた啓蒙思想だ。ざっくり言うと「理性の力を使って
合理的に考えれば幸せになれるはず」っていう考えだな。
ここでアメリカは一気に「神中心の信仰社会」から「自
然法則と理性を信じる世界」へと変わっていく。この時
期に執筆された文書としては、トマス・ジェファソンの
「独立宣言」(1776)、トマス・ペインの『コモン・セン
ス』(1776)が有名だ。だが文学史から見ると、この時代
をいちばんよく表しているのは「すべてのヤンキーの父」
なんて呼ばれたりもするベンジャミン・フランクリン
著作だ。政治家でも科学者でもあった彼の合理主義、功
利主義的な思想は『富へ至る道』(1758)や『自伝』に盛
り込まれ、その後の作家たちに大きく影響を与えたんだ。

 

コモン・センス 他三篇 (岩波文庫 白 106-1)

コモン・センス 他三篇 (岩波文庫 白 106-1)

 
ベンジャミン・フランクリン 富に至る道

ベンジャミン・フランクリン 富に至る道

 
フランクリン自伝 (岩波文庫)

フランクリン自伝 (岩波文庫)

 

 


 その一方で、急激な先進化によって「揺り戻し」もお
こった。大覚醒運動と呼ばれる、信仰復活をめざす運動
だ。その指導者となった神学者ジョナサン・エドワーズ
は、「いかれる神の手に捉えられた罪人たち」(1741)で、
急速に世俗化して「神」を顧みなくなった植民地社会に
対して抗議の声をあげた。人間の「自由意志」、自分か
ら神を信仰しようという主体的な意志を重要視したって
わけだ。この論考が19世紀のエドガー・アラン・ポー
『白鯨』でおなじみのメルヴィルへとつながっていく。
 …とまあ、今回はこの辺にしようか。最後にざっくり
まとめておくと、アメリカ文学は「オレたちって何者な
んだ」というところからスタートした。そして社会の動
きに合わせて、右に左に展開していくって寸法だ。それ
じゃあ、今日は店じまいだ。良い休日を。