言熟文源録【ことば紀行】

ふっくら熟れたことばの実。そのタネをみつめる旅に、出かけましょう。

【肉はいらない?】クリストファー・E・フォース『肥満と脂肪の文化誌』(東京堂出版) #46

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この記事から学べること

  • 「脂肪・肥満に対する嫌悪感」のルーツ
  • 近代科学が引き起こした問題
  • 昨今注目される「オルトレキシア」とは

これまでの麺カタコッテリの話をしよう

平成26年度厚生労働省調査によると
我が国の脂質異常症の総患者数
206万人
糖尿病 総患者数
316万人
高血圧性疾患による死亡者数は
6,932人
痛風で通院中の推計患者数は
2013年に100万人を超えた
心疾患の発症リスク低下のための
生活習慣改善の重要性!
薬剤処方にとどまらず、
患者意識の向上
そして医師と患者が
共通の認識をもって
治療に取り組む姿勢が重要である!
知らんがな!
(マキシマムザホルモン『maximum the hormone Ⅱ~これからの麺カタコッテリの話をしよう~』より)

ぼくたちは知らないで生きてきた。ぼくたちがもっている「脂肪に対する嫌悪感」のルーツをだ。本書はそこを取り上げた。オーストラリア国立大学やアメリカのカンザス大学で教鞭をとってきた文化史家による大作だ。

そもそも脂肪や肥満に対するイメージは一貫しているわけではない。生命力と生殖力を蓄える手段として、肉体をわざと太らせようとする文化も存在する。ただ、「肥満=嫌悪」という観念は古代ギリシア・ローマ人にまでさかのぼれる。正確には、「識字能力があり、文筆活動に時間を割くことができたギリシア・ローマの自由人」だ。彼らは《贅沢な暮らしを通じて自らを肥育することは、主体性を放棄することだ》と考えた。特に軍事国家スパルタではこの傾向が強く、引き締まった身体をもった市民たちの社会は《プラトンとアリストテレスの「ユートピア思想の手本」となっただけでなく、何世紀もの間、他の多くの哲学者たちから理想の共同体と評価されてきた》。ただ、古代ローマにおいて貴族たちの肥満はほとんど見過ごされていたようだ。ところがキリスト教誕生以降、肥満はガスや分泌物などの惨めな物体と結びつけられ、「肥満=嫌悪」観念はさらに強化されていく。

キリスト教徒たちは、ローマの上流階級が奴隷、隷属状態、無規律、臆病、「柔らかさ」と関連づけた「イデオロギー的な嫌悪」を、何らかの形で肥満に当てはめるとともに、脂肪本来の脂っぽい老廃物という側面も古代ギリシア・ローマ人には馴染みのない方法でうまく利用した。このように、キリスト教徒は肥満を俗世の油脂と汚物に結びつけ、中世に入っても根強く残る一連の考え方を確立させたのだ。

これはぼくの感想だが、結局のところ肥満に対する嫌悪感は、「進んだ文化のやせた人たち」の自尊心が生み出したのかもしれない。つまり、「進んだ文化」の人々が他文化に対する優位性を確立し、自らの美徳や自制心への自信を深めるために「他の文化の太った人たちを否定し、蔑む」という手段をとったのではないかということだ。

「肉」はいらない

近代に入り、科学技術が発達した社会では《新しいテクノロジーによって病気も醜さも老いも管理される社会》への欲求が無意識のうちに生まれ、人によっては《流線型で効率的なマシンのような肉体を理想に掲げ》るようになる。この「ユートピアニズム」はしかし、「肉のない身体」を欲するあまり死を選ぶというような事態を引き起こした。本書で紹介されている事例で言うと、エレン・ウェストというスイス人女性は、自らが太る不安に苛まれた挙句、自ら命を絶ったという。アメリカの哲学者ゲイル・ワイスはこの事態を「生身の肉体が経験する混沌」に順応できなかった結果だとみた。彼女は「エネルギッシュで、軽くて、活発」という近代の理想的女性像を追求するあまり、生を忌避しすぎたのだ。

こうした状況を踏まえ、脂肪に対する嫌悪感が「生を問題視する意識」に変貌していないか、と本書の結びにおいて著者は問いかける。脂肪を毛嫌いするあまり、生きていくのに必要な量の脂質すら摂っていないんじゃないかというのだ。ぼくにとって初耳だったのは、最近は「オルトレキシア」というタイプの摂食障害が出てきているということだ。

オルトレキシアは健康食に病的にこだわる、昨今、注目の摂食障害だ。一部の専門家は、ネオリベラルな現代社会を「オルトレキシア社会」と呼んでさえいる。

「健康である」とはどういうことか。「理想的な身体」とはどんなものか。ぼくたちはそこをあらためて考える時に来ているのかもしれない。

トガっていたいがちょっと身の疲れ 栄養足りなきゃ仕方ない
パワーが欲しい パワーが足りない ガッツが欲しい ガッツが足りない
何かが欲しい 何かじゃわからん 肉食べ行こう そうしよう