言熟文源録【ことば紀行】

ふっくら熟れたことばの実。そのタネをみつめる旅に、出かけましょう。

【現代小説の起源】二葉亭四迷『浮雲』(岩波文庫) #37

この記事から学べる事

  • 明治の文豪、二葉亭四迷の生い立ち
  • 四迷が育ったころの社会情勢
  • 四迷の「芸術観」

 危険な読書

 先日ちょっとした縁があり、昭和44年に集英社から刊
行された『日本文学全集』を我が家に引き受けた。全巻
88冊がずらっと居並ぶ姿が圧巻だ。さっそく、第1巻の
坪内逍遥二葉亭四迷』集を手に取った。逍遥の『ハ
ムレット』、『細君』と四迷の『あいびき』、『平凡』、
浮雲』が収録されていた。

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↑赤地に金文字の背表紙が映える

 

 中でも『浮雲』に心を動かされた。いや、苦しまされ
た。主人公の文三の性格が、かつての自分とそっくりだ
ったからだ。まるで四迷に、「お前のダメなところはこ
れだ」と言われているようだった。章ごとに変わってい
く文体に気を配る余裕もなかった。あたかも自分こそが
文三であるかのように、没入して読んだ。こうまで「危
険な読書」をしたのは久しぶりだ。ここでは物語の内々
までは立ち入らないけれど、「プライドが高く、知らな
いことを知らないと言いづらい男性」にはぜひ読んでほ
しい一篇だ。いまならKindleで無料で読める。

浮雲

浮雲

 

近眼の四迷・神眼の逍遥

 長谷川辰之助、つまり二葉亭四迷1864年尾張藩
長谷川吉数(よしかず)のひとり息子として生を享けた。
1864年というのは明治維新前夜、幕末の「あやしい時代」
だ。例えば、前年には薩摩藩が単独でイギリスと戦い、
尊王攘夷」のスローガンがいかに絵に描いた餅も同然
であるかを身に沁みて悟っていた。そのイギリス本国で
は、64年に国際労働者協会(第1インターナショナル)が
結成され、資本家に向かって声をあげており、またアメ
リカを見てみると、南北戦争リンカーン率いる北軍
その勝利をほぼ確実なものにしていた。
 こうした時代に生まれ、明治維新を経験した社会と共
に育った四迷は、国をおおう「富国強兵」に絆されて軍
人を志すようになった。だが士官学校を3度受験し、3
度失敗した。かなりの近眼が祟ったようだ。数学が苦手
なのもあったらしい。そこで四迷は外交官志望に鞍替え
し、東京外国語学校のロシア語学部へ入学した。そこで
の成績はばつぐんに優秀だった。ここでロシア文学に親
しむにつれて文学熱が高まり、すると自然と作家志望の
思いが頭をもたげてくる。そこで彼は、同郷の士でもあ
る先輩小説家のもとを訪ねた。坪内逍遥だ。逍遥は当時
新鋭の作家ながら、『当世書生気質』『妹と背かがみ』
小説神髄』などを次々と上梓し、文壇においてその地
位を確立しつつあった。「芸術」と「真理」の関係につ
いて、積極的に議論したようだ。逍遥が日記『幾むかし』
の、明治19年1月25日のところに「長谷川辰之助来る、
大ニ美術を論ず」と書いている。
 この辰之助=四迷が論じたという美術について、集英
社の『日本文学全集』の解説から少し引用しよう。


 二葉亭(...)の考えでは、芸術は、真理の認識のひとつ
の方法である。学問における真理認識が、知識をもって
するのに対し、感情をもって直接に感得するものである。


ぼくのことばで言い換えれば、学問が「ある前提の上に、
論理的に定理・公理を積み上げていって普遍的な法則を
示そうとする」一方で、小説、ひいては芸術は「直観を
もってたちどころにさとる」というところだろうか。ぼ
くはこの考えにはそれこそ直観的にだが、納得できるも
のを感じた。四迷は、小説において「感情をもって直接
に感得する」ために、その著述においては「実相を仮(か)
りて虚相を写し出だす」、つまり写実的な描写を行うべ
きだろうと考えた。これがいわゆる「近代リアリズム」
の萌芽となる。文学者二葉亭四迷は、わずか3篇の創作
といくつかの翻訳しか残さなかったが、そのリアリズム
の思想で後の文壇に大きな影響を与えたのだ。また、こ
こでは簡単な紹介にとどめるが、「言文一致」の文体を
拓いたのも四迷だった。極言すれば、現代の口語体で書
かれた小説の起源は四迷にあるのだ。なんとも、おもし
ろい。いま、この文章を書いているのは月曜日の午前8
時。仕事が始まるまでにもう1度、『浮雲』を通して四
迷のもとを訪ねたいと思う。―ねえねえ四迷さん、あな
たひょっとして天才じゃないですか?―

P-T境界とサピエンスの台頭【長い歴史の短い一端 #2】

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 さて、前回は「ルカ」と呼ばれる原始生命の誕生から、
カンブリア紀の生物多様化までざっと見てきた。今回は
その後、約6億年前から話を始めよう。
 この約6億年前というのは、生物にとって大きなター
ニングポイントの一つだ。光合成の作用によって大気中
の酸素濃度が20%前後に達してオゾン層ができはじめ、
紫外線が大幅にカットされるようになったことで陸上に
進出できるような環境になったのだ。ちなみにオゾンと
は酸素の同素体で、特有の匂いをもつことからギリシア
語のozein(匂う)にちなんで命名された。これは太陽光の
紫外線により酸素が光解離することから始まる一連の作
用によって作られ、上空15~25キロメートルに多く滞留
する。オゾンによって吸収された紫外線は、熱となって
成層圏の温度上昇に一役買っている。
 こうして細菌や植物を嚆矢として、生物は陸に上がっ
ていく。3.59億年前からはじまる石炭紀の出来事だった。
その後も生物は何度も絶滅の憂き目に遭ってきたのだが、
とくにペルム紀(Permian)と三畳紀(Triassic)の端境期で
古生物史上最大の絶滅が起こった。P-T境界絶滅という。
この大量絶滅の原因はいまだ論争が絶えないところだ。
主な説としては、ヘドロの堆積によって海洋が無酸素状
態になったという説や、大規模な火山活動が環境激変の
契機になったという説などがある。この大量絶滅を境に
して、古世代は中生代へと移る。生物はここで両生類か
ら爬虫類へと転換する。
 1.45億年前から6600万年前までの白亜紀は、恐竜たち
が陸上を闊歩した時代だ。この時代は地殻変動が比較的
激しく、とくに環太平洋地域では海底の沈み込みなどに
伴う火山活動が頻繁におこり、多くの金属鉱床をもたら
した。また、今日の大西洋はこのころから開口し、旧大
陸(=ヨーロッパなど)と新大陸(=アメリカなど)とが中
央海嶺から次第に乖離し始めたと考えられている。白亜
紀のころの化石でよく知られているのはアンモナイト
放散虫だろうか。部分的にはウニなども示準化石(それ
が産出された地層がいつのものか決めるのに用いられる
化石)として利用される。
 この白亜紀の最後にも大量絶滅が起こる。直径10キロ
メートルの隕石がユカタン半島に落下したことが原因だ
とされる。このときに爬虫類から哺乳類への転換が起こ
る。恐竜も、その一部は鳥類に姿を変えて今日まで脈々
と生き残っていくことになる。
 そして、約7000万年前にアフリカでヒトが登場する。
ヒトはホモ・エレクトゥスなど多様な種類がいたが(犬
にチワワやレトリーバーがいるように)、最終的には、
われわれ現生人類の祖先(ホモ・サピエンス)だけが生き
残った。なぜサピエンスが他の人類種を圧倒しえたのか
というあたりの事情は、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピ
エンス全史』(河出書房新社)が詳しい。

 


 サピエンスは約10万年前から6万年前にかけて、海路
アフリカを出発し、ユーラシア大陸を横断して南アメリ
カ南端にまで至ったと考えられている。地層を調べてみ
ると、大型の草食哺乳類メガファウナの骨が激減するの
と同じ時期にサピエンスの骨も出てくるので、サピエン
スがメガファウナを食べつくしたと見られている。世界
を股にかけた大移動も、このメガファウナをまさしく地
の果てまで追いかけていった結果であったろう。
 さて、この「グレート・ジャーニー」の途上、7万年
前頃にサピエンスは言語を操るようになったとされる。
その理由については色々考えられてきたようだが、今日
において有力な説としては、「脳が異常に発達したホモ・
サピエンスが、思考を整理するためのツールとして言語
を発明した」というものであるようだ。サピエンスは火
を使って肉を消化しやすくしたことで、脳にエネルギー
を回す余裕が生まれ、その結果として言語が生まれたと
いう順序を踏む。
 ご存知の通り、サピエンスは二足歩行をその生態とし
てもっている。そのため、骨盤の大きさにも厳しい制約
が課せられることになる。その制約のなかでは、大きな
脳をもった次世代のサピエンスをそのまま産み落とすこ
とはできなかった。要するに、サピエンスは動物界の標
準からみれば極めて早い段階での出産を余儀なくされた
のだ。出産後には、まず脳の成長のために多くのエネル
ギーが費やされる。体の成長は二の次だ。だからこそ人
間は、成人になるまで長い時間を必要とするのだ。
 こうした生態を宿命づけられたサピエンスは、自然と
社会性を高めていくことになる。乳児がある程度成長す
るまでは、その面倒を見る必要があるからだ。ここにお
いても言語を用いたコミュニケーションが生かされる。
しだいにこの「社会」は、道具や火の使用と相まって、
地域によってはより高度な「文明」へと昇華していく。
(つづく)

ルカ・利己的遺伝子・カンブリア爆発【長い歴史の短い一端 #1】

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 ロングラン企画のスタートだ。題して「長い歴史の短
い一端」。何を書くか、大まかな方針は決まっているけ
れど、どのくらいの「連載」になるかは書いている本人
にもわからない。1記事ごとになるべく独立させて書く
心算だから、気長に付き合ってもらえればと思う。では、
始めよう。まずは生命誕生の瞬間からだ。


ルカ・利己的遺伝子・カンブリア爆発


 本当の意味で生命が誕生したのは、いまのところ1度
だけだ。これは全ての地球上の生命がDNA(デオキシリボ
核酸)を遺伝情報の「乗り物」として使っている事実か
らも裏付けられる。その生物の母たる生物は、「ルカ」
(最終共通祖先)と呼ばれている。ルカは、「内外の境界
=細胞膜」、「代謝・恒常性(ホメオスタシス)」、「複
製」という特徴をもった好熱菌ー「熱水中の化学物質か
らエネルギーを取り出すことのできる」バクテリアーだ
った。
 ところでDNAについて少し補足すると、これはアデニン
(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という
たかだか4種類の「コード」からなる。DNA全体としては
二重の螺旋構造になっていて、一ひねりにはそれぞれAT
CGが10.2個ついている。コンピュータみたく言えば10.2
ビットだ。だから二重螺旋一ひねりで20.4ビット。これ
が幾つも連なっていて、最終的にはおよそ60億ビットも
の情報量になる。この情報群が「生命という様式」によ
って今日まで受け継がれてきた。生命の様式という言葉
に首を傾げる向きも多いと思うが、これは「生命はもと
もと情報のプログラムを"ネタ"にして形成された」(松
岡正剛)という考え方に基づいている。分子生物学では
「利己的遺伝子による生命維持戦略」なんて呼ばれたり
する視座だ。リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子
やジョン・メイナード=スミス『進化とゲーム理論』が
詳しい。

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 
進化とゲーム理論―闘争の論理

進化とゲーム理論―闘争の論理

 

 さて、こうしてルカが誕生したころ、地球には放射線
を伴うプラズマが太陽から降り注いでいた。「太陽風
と呼ばれる。このせいで地上はおろか、太陽風が届く浅
い海にも生物が進出できる環境は整っていなかった。だ
がそれから10億年が経ったころ、地球に磁場が生じる。
自転による効果で、地球の内部において鉄やニッケルと
いった液体金属が熱対流することで電流が生じたのだ。
ここのところを少し詳しく説明すると(これは読み飛ば
してもらってもかまわない)、地球の核内の流体運動と
しては、その内部ほど速く外部ほど遅く回転する非一様
回転と、上部と下部の流体が入れ替わる対流がある。非
一様回転は、ポロイダル(双極子型)の磁場を東西方向に
引き伸ばし、北半球で東向き、南半球で西向きの球面に
そった磁場をつくる。いわば「東極」と「西極」だ。こ
れがトロイダル磁場と呼ばれるもので、この磁場を上部
下部を入れ替える対流が南北方向に伸ばすことで、結局
もとのポロイダル磁場を再生すると考えられている。要
するに、これで北極と南極が定まることになる。
 この地磁気によって太陽風が曲げられたことで、27億
年前ころになると太陽風が地上に降り注ぐことはなくな
った。ただし、南北極は磁力線の起点・終点にあたるた
め、一部の太陽風はその圏内に入り込む。これが地表か
ら100~150キロ上空の電離層といわれるところで酸素や
窒素などとぶつかって発光する現象がオーロラだ。オー
ロラの色は太陽風が何とぶつかるかによって決まり、酸
素原子であれば白みのある緑、窒素分子であれば紫や青
色になる。何にせよこれで、生物が浅海へ、ひいては地
上へと進出する準備が1つできた。まず太陽光が届く浅
い海へとやってきた生物は、日光のエネルギーを利用す
るために光合成を行う細菌を誕生させた。シアノバクテ
リアだ。これは生物学的には「核膜に囲まれた核がなく、
クロロフィルを含み光合成を行うが葉緑体を持たない原
核生物の総称」というように定義される。ちなみに、シ
アノバクテリアクロロフィルは、細胞質にある「チラ
コイド」と呼ばれる平たい袋状の膜構造の中に存在する。
 さて、こうして光合成を行う生物が登場したことで、
地球上に酸素が行き渡りはじめる。ここから悠久の時間
をかけて、生物は徐々に進化を遂げていく。19億年前に
は全球凍結をきっかけに、DNAが核膜に包まれた構造を持
つ「真核生物」が誕生する。だが、こうした生物たちは
全てが生き延びられた訳ではなかった。地球という環境
はそれほど生易しいものではなかったのだ。今日では、
「ビッグファイブ」と呼ばれる大量絶滅が少なくとも5
回起こったと見られている。
 6.35年前から始まるエディアカラ紀では、「アヴァロ
ン爆発」と呼ばれる生物の多様化が進行した。ちなみに
このころの生物化石が、1947年にオーストラリア南部の
フリンダー山脈から見つかっている。「エディアカラ生
物群」と呼ばれる。エディアカラというのは、化石が見
つかった小さな丘の名前だ。
 こうして多様化したエディアカラの生物たちだが、5.
41億年前から始まるカンブリア紀までにはそのほとんど
が絶滅したと考えられている。しかしそのカンブリア紀
において、また生物の多様化が起こる。カンブリア爆発
だ。生物の分類では、細胞や生殖法などによって「門」
と呼ばれるものに分けるのだが、その門の種類が爆発的
に増加した。3門から38門だ。このころの化石を見ると、
「捕食するための鋭い口」や「身を守るための硬い殻や
棘」などがあることから、大型の肉食動物の登場によっ
て始まった食物連鎖と競争が、多様化のひとつの原動力
になったと考えられている。(つづく)


参考


出口治明『人類5000年史Ⅰ』(ちくま新書)
松岡正剛『知の編集工学』(朝日文庫)
平凡社『世界大百科事典』
小学館日本大百科全書
・旺文社『生物事典』
https://weathernews.jp/smart/star/aurora/mechanism.html
https://blog.goo.ne.jp/tos-1974/e/986c09e3522f4d1bd03a554b52f737ed

【心をタフにする読書法】佐藤優『功利主義者の読書術』(新潮文庫) #36

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 読書には、大きな罠がある。特に、読書家といわれる
人がその罠に落ちやすい。読書はいわば「他人の頭で考
えること」である。従って、たくさんの本を読むうちに、
自分の頭で考えなくなってしまう危険性がある。


 冒頭からのすっぱ抜きだ。本を無批判に読むのは時間
の無駄だというのである。「別に好きで読んでるんだか
ら良いじゃないか」?その通り。じっさい、ぼくもノル
マとかでなく、好きで読む方だ。違うのだ。佐藤優が言
いたいことは好きな本でも、功利主義的にー実際の自分
の人生において役立つようにー読むということだ。


 読書を通じてその真理(註:現実の裏にある見えない真
理)をつかむことができる人が、目に見えるこの世界で、
知識を生かして成功することができるのである。


 著者はこう前おいて、幾冊もの本の紹介を始めるのだが、
流石は知識人というべきか、取り上げる本が少し変わって
いる。一般に「ビジネスに役に立つ」と思われているよう
なジャンルの本(メモ術・時間管理術・コミュニケーション
など)は一冊も登場しない。佐藤氏はあくまでもどんな本か
らでも真理にせまるための読書術を披歴しようとしている
のだ。あるいは綿矢りさ『夢を与える』から、あるいは酒
井順子『負け犬の遠吠え』から…。
 本書を流れる通奏低音のひとつは、「内在論理を理解す
ること」だ。ここでいう内在論理とは、対象が人間である
ならばその人となりであり、対象が国家や経済ならもう少
し巨視的な国民性や思想を指す。著者の佐藤氏は、もとも
と外務省国際情報局分析第一課で主任分析官として対ロシ
ア外交に従事してきた切れ者だ。それだけに、この内在論
理をつかむのが非常にうまい。


 たとえば北朝鮮がミサイル発射の準備をしている。衛星
写真には移動式発射台が確認され燃料が注入されている。
そして、「いまや戦争状態だ。我々は日本も狙っている」
などと威嚇するような状況が少し前にありました。
 相手の「内在的論理」がわからないと、その言葉を額面
通りに受けとって、すわ戦争かとパニックになってしまう。
ただし、相手はそうやってこちらを交渉の席に着かせたい、
特に米国に交渉を持ちかけたいというのが本意。
(佐藤優『人に強くなる極意』(青春新書)


 そして、内在論理を把握することを意識しながら様々な
本を読むと、「『この人は前に会ったあの人に言動が似て
いるな』とか、『いまの状況はあの本に書かれていたあの
状況にそっくりだ」と対象を冷静に分析でき」る。つまり
厳しい現実に直面しても簡単にはへこたれなくなるのだ。
特に、「大不況時代を生き抜く智慧」の章は昨今の状況を
考える手すりになるのではと思う。例えば、氏は経済学者
フリードリヒ・リストの『経済学の国民的体系』をとりあ
げて「経済発展の背後には、精神力がある」と喝破する。
なぜそんなことが言えるのか。それはリストによれば「み
ずからの固有の文化と勢力との促進に特別に留意しなかっ
た国民が滅亡しているということ」が歴史にあらわれてい
るからだ。だから、精神力を培う「精神的資本」=活字文
化は経済のためにも重要なのだ。


 本や新聞は啓発によって精神的および物質的生産に効果
をおよぼす。しかしそれらを入手するには金がかかり、だ
からそのかぎりでは、それらが提供する享楽もまた物質的
生産への刺激である。


 要するに、書籍や新聞は人々の精神的資本を豊かにする
だけでなく、物質的な側面ももっているので実際の商品と
して経済循環を生み出しもするとリストは言っている。こ
こで佐藤氏は「日本の精神的資本が弱体化している」こと
を危惧しているが、これに対してぼくは少し楽観的な印象
を抱いている。というのも、ぼくはこのブログと連動して
twitterをやっているのだが、そこで出会う「本読み」たち
はとても濃密な読書を楽しんでいるように見えるからだ。
最近の小説から古代ギリシア哲学書まで、おのおのが自
由に「精神的資本」を殖やしていっている様子をみて、ぼ
く自身もとても刺激を受けている。知識人階級ならぬ「読
書人階級」がインターネット上でできているようにも感じ
る(「趣味」でつながっているから当然ともいえる)。なに
せ、活字文化はいまもまだまだ十分健在だ。ぼくとしても、
これからもっと本を読み集め、買い集めて「物質的生産へ
の刺激」を与えていきたいとおもう。

【19世紀のクラブシーン】高野史緖『ムジカ・マキーナ』(ハヤカワ文庫) #35

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 ようこそ、ふぎと屋へ。今日は高野史緒『ムジカ・マ
キーナ』を紹介しよう。

ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

 


無冠のデビュー作


 この作品でデビューしろと言われたところで、たかが
一応募者に過ぎない私に何ができるだろうか。分不相応
なまでの奇跡が起きなければどうにもならないだろう。


 本作は1995年の第6回日本ファンタジーノベル大賞
終候補作であり、作家・高野史緒のデビュー作だ。ぼく
は文学理論に明るい訳ではないのでエラそうなことは言
えないが、「無冠の作品」ながらその筆力に凄みのよう
なものを感じた。言い換えるなら、登場人物や、物語が
展開する舞台への愛着といったところだろうか。外面的
な描写から、ある人物の心情描写にすばやく切り込み、
さらに有無を言わせない勢いで他の人物の中に入り込む
というような文体は、かなり楽しめた。時代設定は19世
紀後半のヨーロッパということで、ファンタジーノベル
でありながら、ビスマルクやナポレオン3世といった史
実の人物も多く登場する。歴史好きには面白く読める作
品だろう。
 物語は1870年ごろのウィーンとロンドンを中心に展開
する。最初読者はあまり事態を呑み込めない内に、プロ
イセンのベルンシュタイン公爵、謎の少女マリアと連れ
立ってウィーンを訪れるのだが、そこで事態がすこし形
になってくる。どうも、18世紀のウィーンに「クラブ」
ができたらしいのだ。史実に登場するassociationなクラ
ブではない。大音量の音楽に合わせて踊る方のクラブだ。
しかも、巷の噂によれば、そのクラブの界隈で聴覚から
快感を得られる麻薬《魔笛》がやりとりされているらし
い。ベルンシュタインにとって気がかりだったのは、そ
の《魔笛》の効用が、かつて自らが医療用の鎮痛剤とし
て開発を命じた《イズラフェル》の副作用とよく似てい
たからだ。《イズラフェル》は、禁止薬として製造中止、
関係者には箝口令を敷き、薬そのものはおろかその情報
すら漏れていないはずだったのだが…。さらに不気味な
ことに、そのクラブの興行師モーリィと関わった音楽家
の多くが失踪し、その行方は杳として知れないという。
これはどうも、モーリィなる興行師が怪しい。そしてそ
の後ろには、《ムジカ・マキーナ》社なる企業をやって
いるイギリスの貴族がいるらしい。奴らの尻尾をなんと
か掴めないものか。
 とまあ、筋立てはこんな感じなのだが、この「ファン
ジー」に絶妙に「史実」が重なってくる。とくに「実」
際に1870年に起こった普仏戦争に絡めて、「虚」構の物
語が展(の)びていくようすは歴史好きでありファンタジ
ー好きでもあるぼくの好みに刺さった。
 こんな交響曲のような作品はいかにして生まれたのか。
これはどうも作者の体験に多くを負っているようだ。
 著者の高野史緒は1966年、茨城に生まれた。その家庭
は本人いわく「ゲージュツもへったくれもない環境」だ
ったようだが、小学校の高学年くらいからクラシックを
自主的に聞くようになる。この西洋音楽への没頭が、中
世から近代のヨーロッパを学ぶモチベーションになった。
当然というべきか、茨城大学の文学部では中世史を専門
とする。この時に身につけた歴史資料の探し方、吟味の
やり方がその後の創作活動にも生きることになった。
 彼女が作家として初めて成果を上げるのは1988年のこ
とだ。第2回青山円形劇場脚本コンクールに応募したバ
レエ入り演劇脚本『エレヴァシオン』が佳作を受賞した。
ちなみにエレヴァシオンとは"elevation"と綴り、バレエ
では「実際の跳躍の高さ」を示す言葉だ。蛇足だが、エ
レヴァシオンに対して「見かけ上の跳躍の高さ(どれだ
け高く飛んでいるように見えるか)」をバロンと呼ぶ。
 さて、これで勢いにのった高野は1994年、本作『ムジ
カ・マキーナ』で第6回日本ファンタジーノベル大賞
応募する。だが、作品は最終選考まで残ったものの「い
かなる賞をも取り損ねた」。ところが面白いのはここか
らで、そんな作品が新潮社から出版されることが決まる
のだ。「受賞者ではなく、過去に出版実績の全くない者
が同賞からハードカバーでデビューする」のは前代未聞
だったという。それだけ、編集者など目の肥えた読み手
に魅力ある作品と映ったのだろう。
 長々と案内してきたが、言いたいことは結局「この本
面白い」だ。「産業革命後のイギリスにクラブミュージ
ックと、ついでにメタルとパンクまで前倒しで到来して
いる偽史音楽SFの世界」なんてものはこの本のなかでし
か味わえないのではとおもう。ぜひ、独特の世界観に身
を浸しながら読んでみてほしい。

ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

ムジカ・マキーナ (ハヤカワ文庫JA)

 

 


参考


小学館日本大百科全書
平凡社『世界大百科事典』
http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/031201.shtml
http://www.sakkatsu.com/author/detail/12627/
https://bookmeter.com/books/533946
 

選書ブロガーが選ぶ!2020年上半期ベスト3

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 どーも、「選書ブロガー」のふぎとです!普段の記事
は常体(だ・である調)ですが、今回は敬体(です・ます調)
で書きたいと思います。
 さてさて、今年の初めから「選書ブロガー」として筆
をとってきて、色んなジャンルの本を読んで、紹介して
きたわけなのですが、その中から「上半期ベスト3」を
勝手に選ばせていただきました!本のジャンルは問わず、
僕が読んで「あ~!これすごく良い~!」となった本た
ちです。では第3位から!


第3位 安部公房『壁』(新潮文庫)


 ふと壁が見えなくなりました。物質からメタフィジカ
ルなものに消えて行ったのでした。彼はまたたきを繰返
して壁に還元を求めました。壁は帰ってきました。


 「わかりそうでわからない、でもなんか面白い」が率
直な感想。文学的にはシュールレアリスムという潮流の
中の1作品であるようです。文学Youtuberのベルさんも
先日紹介していましたね~。
https://youtu.be/PUFKVkmg-tI
 読後感としては、去年読んだボルヘス『伝奇集』(岩波
文庫)とかと似てるな~と感じました。

【文学という犯罪】安部公房『壁』(新潮文庫) #26 - ふぎと屋

 

壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)

 


次!


第2位 松岡正剛『日本文化の核心』(講談社現代新書)


 断言しますが、日本文化はハイコンテキストで、一見、
わかりにくいと見える文脈や表現にこそ真骨頂があるの
です。


 この本自体は記事にしてませんが、僕はこれを世阿弥
風姿花伝』や九鬼周造『「いき」の構造』を読む時に
傍らにおいて、ちょっとした事典みたく使ってました。

【創造的な模倣】世阿弥『風姿花伝』(岩波文庫) #30 - ふぎと屋

【構造を闡明する】九鬼周造『「いき」の構造』(講談社学術文庫) #32 - ふぎと屋


 「ラフに日本文化の知識を得たい」「歴史的な教養を
増やしたい」という人にはめちゃめちゃオススメです。
特に9章「まねび/まなび」は必見。


ではいよいよ第1位!


第1位 呉兢『貞観政要』(守屋洋 訳、ちくま学芸文庫)


 忠言は耳に逆らいて行ないに利あり。国を有(たも)ち
家を有つ者の、深く要急にするところなり。

 

【禍福は門なし】呉兢『貞観政要』(ちくま学芸文庫)読んでみた - ふぎと屋
 上半期1位は自己啓発本で紹介されることもある、呉
兢の『貞観政要』!「ああ、これは紹介したくなるわ」
という納得の濃縮度でした。古典と言わず、すごい本の
すごいところ(語彙力)の1つは「書かれていることを自
分の状況に読み替えて活かすことができる」ことだと思
うのですが、この本もそんな1冊でした。「うーん、で
も原作はちょっと重いかも…」という人には、出口治明
『座右の書『貞観政要』』もオススメ。

貞観政要 (ちくま学芸文庫)

貞観政要 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:呉兢
  • 発売日: 2018/01/26
  • メディア: Kindle
 


 ということで、「上半期ベスト3」紹介してきましたが
いかがだったでしょうか?どれも大きな書店には置いて
ある(はず)ので、気になった本はぜひ手に取ってみてく
ださい~。


ではまた!

【ドライに紡ぐ物語】スタインベック『ハツカネズミと人間』(新潮文庫) #34

f:id:fugithora812:20200526195807j:image

 ようこそ、ふぎと屋へ。今日はスタインベック『ハツ
カネズミと人間』を仕入れたよ。ゆるりとくつろぎなが
ら聞いていってくれ。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

 

 


戦争と牧歌


 手始めに、1937年についてちょっと話そう。『ハツカ
ネズミと人間』の原著が発表された年だ。世界情勢に目
を向けてみると、この時期はドイツでナチスが台頭し、
スペインでは人民戦線政府と反共和派勢力がバチバチ
やりあっていた。アジアに目を向けると、この年の7月
には北京の郊外で日本と中国が軍事衝突してそのまま日
中戦争へとなだれ込み(盧溝橋事件)、更に12月には南京

を占領して「敗残兵掃蕩」を行った(南京虐殺

件)。
 そんな年にアメリカで発表された本書は、「のどかな」
農場を中心にした戯曲的作品だ。主人公のふたりは何も
かもが対照的。「小柄で機敏、顔が浅黒く、ぬけめのな
い目をして、目鼻立ちも鋭くたくましい」ジョージと、
「大男で、顔にしまりがなく、大きな薄青い目と幅広い
なで肩をしている」レニーのふたりだ。作中では簡単に
しか語られていないが、彼らは奇妙な縁から、連れ立っ
てカリフォルニアの農場を転々としているらしい。ふた
りは過酷な労働の日々を「安く手にはいる小さな土地」
で「土地のくれるいちばんいいものを食って」過ごすと
いう夢物語をなぐさみにして過ごしていた。だが、作中
で新しく訪れた農場でその夢の「協力者」キャンディが
現れ、お金さえ貯めれば実現することができるという事
態になる。叶うと思っていなかった夢が現実味を帯びて
きたんだな。ところが・・・おっと、ここからが本作で
いちばん「いいところ」であり、人間の感情の機微がそ
の外面描写を通して読者に迫ってくる「さわりの部分」
だからここで語るのはやめておこう。かわりに、スタイ
ンベックの描写の魅力を二、三紹介しようと思う。
 20世紀の初めのアメリカに生を享けたスタインベック
は、1919年にスタンフォード大学に入学すると海洋生物
学に興味をいだく。そこでモンテレー生物学者リケッ
ツと親交を深めるのだが、この交流が「非目的論的思考」
スタインベックが自称する思考態度を培った。彼がい
う「非目的論的思考」とは、「生物界の現象からの類推
によって、人間社会の事象をも捉えようとする態度」の
ことをいう。要するに、彼はその文学を展開するにあた
って、非常に「科学的」な態度で臨んだわけなのだ。訳
者の大浦暁生氏が言うように、この『ハツカネズミと人
間』でもスタインベックは「情景の描写と人物間の会話
をつらねて、一貫した外面描写に徹している」。だが、
それでも決して単調な作品になっていないというのが彼
のすごいところだ。特に、クライマックスでジョージが
レニーを射殺する(あっ、言っちゃった)シーンは、その
やるせない気持ちが何気ない動作や言葉をとおして伝わ
ってくる。こんなことをされた読者は、単純に「彼はや
るせない気持ちになった」と書いてある文章を読んだ時
よりも一層、やるせない気持ちになる。「書いていない
こと」がいっそうの感興を湧きたてるのだ。ぼくなんか
は読み終わって思わず「はぁ」とため息をついてしまっ
た。そういう意味で、スタインベックはとにかく「読ま
せる」作家なのだ。この魅力、伝わるだろうか。伝わっ
たなら、ぜひ読んでみてほしい。それもできれば、月が
ぽっかりと浮かんだ静かな夜に―。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

 

 

挑戦者の文学【アメリカ文学史4】

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 ようこそふぎと屋へ。今夜も来てくれてあ
りがとう。きょうはアメリカ文学史の中でも、
第2次大戦後の様相を語っていこうとおもう。
お茶でも飲みながら、ゆっくり聞いていって
おくれ。


若者とマイノリティの台頭


 さて、世界を巻き込んだ2度目の大戦は19
45年に終結をみた。そこからアメリカでは、
戦争を様々な視点から描いたノーマン・メイ
ラーの『裸者と死者』(1948)といった作品が
多くあらわれる。特に、当時の若者の間で大
きなトレンドになったのが、J・D・サリン
ジャー『ライ麦畑でつかまえて』やJ・ヘラ
ーの『キャッチ・22』だった。いまの若者が
鬼滅の刃』に夢中になるように、当時のテ
ィーンエイジャーたちは『ライ麦』に登場す
ホールデンの少年性と痛快な語り口にぞっ
こんだったんだ。
 他方、このころから目立ってきた傾向とし
て、それまで文化的に傍流であったマイノリ
ティ・グループの作家たちの活躍がある。ひ
とつはアフリカ系アメリカ人(ようするに「黒
人」だ)作家の台頭だ。その画期となったのが、
1940年に発表されたリチャード・ライト『ア
メリカの息子』だ。彼はこの作品で黒人文学
=抗議小説という定式を確立したんだが、彼
に続く黒人作家たちはそんなところでは満足
しなかった。例えば『見えない人間』のR・
エリソンや『山に登りて告げよ』のJ・ボー
ルドウィンは、「単なる抗議小説としてでは
なく、黒人の置かれた状況と彼らの意識を実
存主義的にとらえ、現代文学としての普遍性
をもつに至った」(小学館日本大百科全書
より)。
 そして1960年代に入って、アメリカはまた
戦争によって大きな転換を迎える。ベトナム
戦争だ。このテレビカメラが初めて戦地に入
ったといわれる戦争は長引き、それに対して
アメリカ社会の厭戦感はいや高まった。こう
した中で、世界政治におけるアメリカの指導
的な役割を根底から見直そうという傾向が強
まってきた。文学もそれに相まってさまざま
に主流のスタイルが変わってきた。だがその
一方で、アメリカ文学の「伝統をもたない伝
統」ともいえる本質的な部分は今日まで受け
継がれている。要するに、アメリカ文学はざ
っくりいえば「挑戦者の文学」なのだ。


おまけ


 4週にわたって、アメリカ文学を語ってき
た。ここで「自分でもアメリカ文学を調べた
くなった」という向きのために、ちょっとし
た補足を書いておこうと思う。
 第一に、アメリカ文学を本格的に研究・翻
訳している人として、柴田元幸氏がいる。講
談社現代新書から出ている『アメリカ文学
レッスン』あたりが比較的ラフに読めて面白
いのではないかと思う。

アメリカ文学のレッスン (講談社現代新書)

アメリカ文学のレッスン (講談社現代新書)

  • 作者:柴田 元幸
  • 発売日: 2000/05/19
  • メディア: 新書
 


 それと、この「ふぎと屋」で紹介したアメ
リカ文学は、その表現の多くを小学館『日本
大百科全書』に借りている。大きな図書館に
はおいてある筈なので、そちらを覗いてもら
っても楽しく学べると思っている。


 それじゃあ、今日はこのあたりで店じまい
としよう。良い夜を。


 

成長に抗議する文学【アメリカ文学篇3】

f:id:fugithora812:20200520194210j:image

 

 ようこそふぎと屋へ。今回もアメリカ文学の続きを紹
介していこう。いよいよ20世紀に突入だ。


成長と反動


 前回は、1890年代ころになって「自然主義」がアメリ
カ文学界でブームになったというような話をした。その
自然主義文学の一翼を担う作家としてセオドア・ドライ
サーがいる。20世紀になって、彼の代表作『アメリカの
悲劇』(1925)が発表されるころ、ドライサーよりも2回
り若い作家たちが次々に話題作を発表していた。例えば、
フランシス・S・フィッツジェラルドだ。第1次世界大
戦時に志願して戦地を踏んだ彼は、戦後『楽園のこちら
側』(1920)を皮切りにアメリカの社会風俗を赤裸々に描
き出した。

楽園のこちら側

楽園のこちら側

 


 さて、こうして文学に新しい風が吹いていた20世紀の
初めは、アメリカ社会の様相も急速に変動していた。そ
れまで農業中心で回っていたアメリカの「牧歌的世界」
は、商工業の隆盛によって一気に「機械化された世界」
へと変貌をとげたのだ。片田舎の農村にまでこの世界は
浸食していった。人々は「自分が作ったモノが自分のモ
ノにならない」という、近代の(マルクス的)疎外に陥
り、アイデンティティを抑圧されていた。要するに「近
代の産業システムの歯車のひとつ」に過ぎない存在にな
ってしまった自分に苦しんでいたんだな。そうした環境
で人生を送る人々を、作家シャーウッド・アンダーソン
は『ワインズバーグ・オハイオ』(1919)で共感をもって
描いた。ちなみに1919年といえば、ドイツでは総合造形
学校バウハウスが設立され、パリではヴェルサイユ条約
が調印されて第一次世界大戦が終わり、そして世界的に
スペイン風邪」が大流行した年だ。


 やがて1930年になって、アメリカの文学者で初めてノ
ーベル文学賞の栄光にあずかる者があらわれる。シンク
レア・ルイスだ。辛辣で鋭い風刺的な目をもって、彼は
農業中心から商工業中心へと移りゆくアメリカ社会に生
きるアメリカ人の自己満足をあらわにした。このルイス
文学賞受賞によって、アメリカの文学は「世界文学」
の仲間入りを果たしたといっていいだろう。
 女性作家の中では、南部ルイジアナのケイト・ショパ
ンが、1960年代末から70年代にかけての「女性解放運動」
のなかで再び脚光を浴びた。代表作『目覚め』(1899)で、
彼女は恵まれた家庭生活に満足できず、姦通を犯して最
期は海で死を遂げる女性を描いた。
 さて、文学史における第一次世界大戦の位置づけも紹
介しておかねばなるまい。このヨーロッパ世界全体を巻
き込んだ戦争は、先の記事で紹介した南北戦争とはまた
違う意味でアメリカ文学に新しい風を吹かせることにな
った。みずから志願して戦地を踏んだ若い文学者たちが、
非人間的な戦争の現実に幻滅をおぼえ、既成のあらゆる
価値を疑う「失われた世代」として戦後のアメリカ文学
界に台頭したのだ。極言すれば、戦争が彼らの文学をつ
くったようなものだ。例えば先日紹介したヘミングウェ
イも、この世代に入る。『日はまた昇る』(1926)や『武
器よさらば』(1929)で、彼は虚無感に耐えて生きる若者
の姿を「からりとした文体」で描いた。

日はまた昇る (新潮文庫)

日はまた昇る (新潮文庫)

 
武器よさらば (新潮文庫)

武器よさらば (新潮文庫)

 

 


 こうした展開を経たアメリカ文学だが、1929年以降は
また傾向が変わってくる。1929年に何が起こったか。世
界恐慌だ。ウォール街の金融恐慌に端を発するこの大デ
フレーションは、アメリカ文学を「社会の矛盾に目を向
けて抗議する社会性の強い文学」にした。要するにきわ
めて現実的で、批判的な作品が増えたんだ。例えば「失
われた世代」のひとりドス・パソスは、三部作『U.S.A』
(1938)でアメリカ社会を批判的に描き出した。これから
紹介しようと思っているジョン・スタインベックが代表
作『怒りの葡萄』を著したのもこの時期(1939年)だ。
 少し寄り道して、他のシーンにも目を向けてみると、
このころの演劇ではユージン・オニールが「問題作」を
次々に発表しており(『楡の木陰の欲望』など)、批評界
にも「新批評」と称する分析批評が登場している。ジョ
ン・ランサムらを中心にしたこの批評運動は、「テクス
チュア」「ストラクチュア」といった批評用語を今日に
まで定着させることになる。

 さて、今日はこのあたりまでにしよう。次回予告まで
に話しておくと、こうして文化面の様々な展開を抱えな
がら、アメリカと世界は2度目の大戦争へと突入してい
く。南北戦争や第1次大戦で見たように、戦争は社会の
様相を変えるひとつの画期ともいえる。第2次世界大戦
後、アメリカ文学はどのように展開していったのか。次
はそんな話をしようとおもう。
 それでは、良い夜を。
 

アメリカンルネサンスと南北戦争【アメリカ文学篇2】

f:id:fugithora812:20200510203843j:image

 

 やあ、ようこそふぎと屋へ。今回もアメリカ文学篇を
やっていこう。今日は「アメリカン・ルネサンス」前夜

からだ。


アメリカン・ルネサンス」の到来


 さて、前回はアメリカ植民の草創期から独立宣言まで
をざっと眺めてきた。今回はしだいに社会が安定してき
て、ぽつぽつと職業作家が出てきたころから話をはじめ
よう。
 アメリカの最初の職業小説家として知られているのは
チャールズ・ブロックデン・ブラウンだ。ゴシック(恐
怖)小説や心理小説を多く残した。例えば『ウィーラン
ド』では腹話術の声に操られた宗教的狂信者が描かれ、
また『アーサー・マービン』(1799、1800)ではフィラデ
ルフィアの黄熱病流行を背景に、社会の影の面(殺人、
裏切り、自殺未遂、病死など)が写実的に描写されてい
る。
 一方で、女性作家も躍如した。スザンナ・ローソンが
書いた『シャーロット・テンプル』(1794)は「アメリ
最初のベストセラー小説」なんて言われたりもするんだ
が、こいつが昨今のフェミニズム運動の隆盛とともに再
評価されたりしている。
 この時期の重要人物をもう少し紹介しよう。ひとりは
ジェームズ・F・クーパーだ。北米辺境に生きる白人猟
師とインディアンの運命を歴史的な展望を持って描いた
彼の作品『革脚絆物語』(1823~41)は、「国民文学の基
礎を培った」とまで言われる。もうひとりはご存知、エ
ドガー・アラン・ポーだ。「江戸川乱歩」のペンネーム
の元になったこの作家は、推理小説の開祖として、また
すぐれた批評家として後世に大きな影響を残した。ちな
みにポーについては、松岡正剛氏が運営するサイト『千

夜千冊』で詳しく紹介されているから、興味がある人は
そちらを覗いてみても良いだろう。

ポー名作集 (中公文庫)

ポー名作集 (中公文庫)

 


 さあ、いよいよアメリカン・ルネサンスだ。こいつは
1830年代、アメリカ思想界の主流となった超絶主義に端
を発している。超絶主義とは、ざっくり言うと「日常の
経験を『超絶』した直感によって真理にせまろうとする
考え方」をいう。この潮流の中心となったのが「コンコ
ードの哲人」ことエマソンだ。『自然論』(1836)などの
著作で、彼はその超絶主義的な思想を披歴し、アメリ
思想界・文学界にひとつの精神風土を作り上げたんだ。
これには多くの文人・詩人が追随した。例えばヘンリー・
ソローは、自然の中で孤独な生活を送ったときの記録を
『ウォールデン―森の生活』(1854)にまとめた。また、
詩人ウォルト・ホイットマンエマソンの思想を大きく
発展させ、『草の葉』(1855~1892)を発表した。この初
版を読んだエマソンは、彼に祝福と激励の手紙を送った
という。
 ところが、こうなるのが世の常だが、エマソン流の思
想は反発も招いた。『緋文字』(1850)のナサニエル・ホ
ーソンや『白鯨』(1851)のハーマン・メルヴィルがその
代表だ。彼らはエマソンの「真理へといたる手段として
の想像力」を信頼する無条件な楽観主義に対して懐疑を
いだき、その作品の中で人間の暗い一面と本質的な悲劇
を追求したんだ。

白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 上 (岩波文庫)

 

 ここでこの時代のアメリカ社会を見渡してみると、一
方では産業の発達や西部開拓の進展によって、これまで
にないほどの楽観主義(「頑張ればなんとかなるさ」)が
浸透していったのだが、他方では人間について不気味に
なるほどの懐疑がわだかまっていて、それが幻滅や絶望、
自己の否定に通じる激しさをもっていた。さきにみたエ
マソンらとホーソンらとの対立は、まさにこうした「社
会の鏡」と捉えることもできる。
 しかし、こうした傾向は19世紀の半ばには早くも「ガ
ス欠」する。激しすぎてみんな疲れてしまったんだな。
代わりに台頭したのは、ロングフェローやローウェルな
ど、西欧の伝統的教養を身につけた保守的な文学者だっ
た。


南北戦争という境界線


 南北戦争は、上にとりあげた文学的な潮流の変化の
さなかに起こった(1861~1865)。むしろ、この戦争が
文学のシーンを大きく塗り替えるきっかけになったと
いってもいいだろう。この時代を代表する文学者たち
は、ちょうどエマソンがその「超越主義的楽観主義」
ブイブイいわせていたころに生まれた世代だ。南北
戦争のあと、急激に変化していくアメリカを彼らはリ
アリスティックに見つめた。「時代の観察者」になっ
たわけだ。その代表といえるのが、『赤毛布外遊記』
(1869)で全米に名を馳せたマーク・トウェインだ。そ
の後彼は『ハックルベリー・フィンの冒険』(1885)に
よって、「真にアメリカ的と称するにふさわしい文学
伝統を確立した」。一方で、幼いころからヨーロッパ
経験が豊富なヘンリー・ジェームズは『ある婦人の肖
像』(1881)などでアメリカ文化とヨーロッパ文化とを
対比的に描いた。彼は技法的にも登場人物の心情の機
微を探って、統一された視点から複雑な意識をありあ
りと描く心理主義リアリズムの手法を確立した。この
あたりのことはまた、トウェインかジェームズをとり
あげて書こうとおもう。

 

ハックルベリィ・フィンの冒険 (新潮文庫)
 


 さて、上にとりあげたような展開をみせた19世紀後
半のアメリカ文学だが、1890年代にかけてはまた新た
なムーヴメントがおこる。「自然主義」だ。そもそも
この思潮は、アメリカが南北戦争だったころのフラン
スで、エミール・ゾラを中心におこったものだ。その
核心をざっくり言えば、「現実世界を説明することが
できる方法は科学しかないので、文学もまた、人間の
行動の裏にある生理学的根拠や、個々人の性格を決定
づける社会環境を追求しよう」といったところだろう。
これに似た言葉に「写実主義」があるが、単にありの
ままの現実再現をめざす写実主義を継承して、方法的
に推し進めたものが自然主義だと考えて良いだろう。
その自然主義が30年ほどのタイムラグをもって、1890
年代以降のアメリカに押し寄せたわけだ。例えば『赤
色武勲章』(1895)で南北戦争を舞台に若い無名の兵士
の行動と心理を描いたステファン・クレーン。また、
『オクトパス』(1901)でカリフォルニアにおける農民
と鉄道会社の闘争を描いたフランク・ノリスもこの時
期の代表的作家だ。こうした自然主義作家たちは短命
の者が多く(例えばノリスは32歳で夭折している)、そ
れ故にその作品は「自らの運命は自ら選ぶ」という意
志、夢への決断と成長を重視しているという特徴があ
る。
 じゃあ、今回はこのあたりにしよう。次回はいよい
よ20世紀の話に入るつもりだ。では、良い夜を。